前にもお伝えしたことがありますが、プラナカン博物館の他に、一応今年の8月ごろにババハウスというのがオープンすることになっています。
この話が決まってからすぐの頃、約3年前ですか、修復工事が始まる前のお屋敷に見学に連れていってもらったことがあるのです。
私は霊感というものはないのですが、しきりに「いるよ、いる」と言うヤツが約1名。蝙蝠が住みついた屋敷内は薄暗く、シロアリで老朽化した床が抜けやすいから注意して、といわれて恐る恐る中を見学。
なんだか私も気のせいか、肩の辺りがずっしりと重く感じられ、どっと疲れてその場を去ったのを覚えています。
で、「ここは出る」という話が私たちだけでなく、プラナカンの一部でちょっと噂になったりして。オープンがこれほどまでに遅れているのはそのせいかもね、とかいう声もあり・・・。
でも、この間行った感じでは、もう大分中はきれいになっており、そんな雰囲気はなくなっていましたけどね。
ま、それはよしとして、プラナカンのとあるお年寄りの方とその話をしていたとき、とても興味深い話を聞きました。私としては、霊感ゼロなので幽霊についてはいまだ半信半疑なのですが、
その方が言うには、一時自分が住んでいた家がそうだった、と。それで毎晩悩まされていたそうで、悪意に満ちた幽霊の恐ろしい顔までをも見たらしいのですが、ある晩「自分はもう財産もなくて、他に行くところがない。こんなに惨めな境遇なんです。これまでも自分はさんざん辛い目にあってきた、お願いだから、私を可哀相だと思ってここに住まわせておくれ。」と涙ながらにお願いしたというのです。そうしたらその日から幽霊は敵意を無くし、平和に暮らせるようになったのだとか。
で、そんなある朝、目を覚まして家の外に出たら、玄関先に自分の所有物がいくつかまとめて置いてあるのだそうです。絶対にそんなところにあるはずもないものが。何だろうと思って、家の中を調べてみたら、・・・・・・あきらかに泥棒が入った形跡があるのだそうです。
想像がつきましたか?
幽霊は深夜に入った泥棒を脅して自分を守ってくれた、泥棒は恐ろしくて荷物を置いて逃げてったのだ、というのです。
その方は最後に、「幽霊とは仲良く共存すればいいのよ」とおっしゃいました。
なんだかほのぼのとするお話ではないですか。
さて、シンガポールも小さい国ながらにいろいろと心霊スポットと言われる場所があります。
有名なのは旧チャンギ・バラックや旧チャンギ・ホスピタル、旧フォード社自動車工場跡、セント・ジョーンズ島あたりでしょうか。
中でもよくあるのが日本軍による侵略に関係した話で、ここに憲兵隊の本部があったとか、
ここでたくさんの人が拷問されて殺されたとか、とくに軍の施設内でそんな話がよくあるそうです。
知人が以前住んでいたところもそうで、以前はその方も大変羽振りがよく、とある場所にとても広い屋敷を建てたらしいのですが、移り住んでたった2年の間にこの家で身内から3人も死人が出て、会社経営も傾いてしまったそう。で、結局この家を出たのだそうですが、今でもこの家は残っていて、後に入居した人たち、やはり会社経営者などや白人ファミリーだったそうですが、会社が倒産したりして逃げるように出た、と。
で、しかも、ここの家だけでなく、その辺一帯の家(小高い丘になっていてすぐ裏はジャングル)は皆どこも同じような目にあっているのだとか。
皆が口々に言うのは、この丘で日本軍による虐殺があった、ということ。
やはり悲惨な死に方をした霊との共存は、いくらなんでも無理ですね・・・。
世界の心霊スポット研究家には、シンガポールはアジア有数の心霊スポット・シティと言う人もいるのだそうです。こちらで観光ガイドをしている方から聞いたのですが、とある有名ショッピングセンターはもともと墓地だったところで、霊にたたられないように、とあるものをお墓の形にデザインして造り、さらにロウソクがわりに見立てたとあるものを並べて建ててあるのだそうです。あまり言うとわかっちゃうので・・・
シンガポールのいろんな建物は風水はもちろん、そうした除霊や悪い気から守る役割を果たすようデザインされているのだそうです。
この話が決まってからすぐの頃、約3年前ですか、修復工事が始まる前のお屋敷に見学に連れていってもらったことがあるのです。
私は霊感というものはないのですが、しきりに「いるよ、いる」と言うヤツが約1名。蝙蝠が住みついた屋敷内は薄暗く、シロアリで老朽化した床が抜けやすいから注意して、といわれて恐る恐る中を見学。
なんだか私も気のせいか、肩の辺りがずっしりと重く感じられ、どっと疲れてその場を去ったのを覚えています。
で、「ここは出る」という話が私たちだけでなく、プラナカンの一部でちょっと噂になったりして。オープンがこれほどまでに遅れているのはそのせいかもね、とかいう声もあり・・・。
でも、この間行った感じでは、もう大分中はきれいになっており、そんな雰囲気はなくなっていましたけどね。
ま、それはよしとして、プラナカンのとあるお年寄りの方とその話をしていたとき、とても興味深い話を聞きました。私としては、霊感ゼロなので幽霊についてはいまだ半信半疑なのですが、
その方が言うには、一時自分が住んでいた家がそうだった、と。それで毎晩悩まされていたそうで、悪意に満ちた幽霊の恐ろしい顔までをも見たらしいのですが、ある晩「自分はもう財産もなくて、他に行くところがない。こんなに惨めな境遇なんです。これまでも自分はさんざん辛い目にあってきた、お願いだから、私を可哀相だと思ってここに住まわせておくれ。」と涙ながらにお願いしたというのです。そうしたらその日から幽霊は敵意を無くし、平和に暮らせるようになったのだとか。
で、そんなある朝、目を覚まして家の外に出たら、玄関先に自分の所有物がいくつかまとめて置いてあるのだそうです。絶対にそんなところにあるはずもないものが。何だろうと思って、家の中を調べてみたら、・・・・・・あきらかに泥棒が入った形跡があるのだそうです。
想像がつきましたか?
幽霊は深夜に入った泥棒を脅して自分を守ってくれた、泥棒は恐ろしくて荷物を置いて逃げてったのだ、というのです。
その方は最後に、「幽霊とは仲良く共存すればいいのよ」とおっしゃいました。
なんだかほのぼのとするお話ではないですか。
さて、シンガポールも小さい国ながらにいろいろと心霊スポットと言われる場所があります。
有名なのは旧チャンギ・バラックや旧チャンギ・ホスピタル、旧フォード社自動車工場跡、セント・ジョーンズ島あたりでしょうか。
中でもよくあるのが日本軍による侵略に関係した話で、ここに憲兵隊の本部があったとか、
ここでたくさんの人が拷問されて殺されたとか、とくに軍の施設内でそんな話がよくあるそうです。
知人が以前住んでいたところもそうで、以前はその方も大変羽振りがよく、とある場所にとても広い屋敷を建てたらしいのですが、移り住んでたった2年の間にこの家で身内から3人も死人が出て、会社経営も傾いてしまったそう。で、結局この家を出たのだそうですが、今でもこの家は残っていて、後に入居した人たち、やはり会社経営者などや白人ファミリーだったそうですが、会社が倒産したりして逃げるように出た、と。
で、しかも、ここの家だけでなく、その辺一帯の家(小高い丘になっていてすぐ裏はジャングル)は皆どこも同じような目にあっているのだとか。
皆が口々に言うのは、この丘で日本軍による虐殺があった、ということ。
やはり悲惨な死に方をした霊との共存は、いくらなんでも無理ですね・・・。
世界の心霊スポット研究家には、シンガポールはアジア有数の心霊スポット・シティと言う人もいるのだそうです。こちらで観光ガイドをしている方から聞いたのですが、とある有名ショッピングセンターはもともと墓地だったところで、霊にたたられないように、とあるものをお墓の形にデザインして造り、さらにロウソクがわりに見立てたとあるものを並べて建ててあるのだそうです。あまり言うとわかっちゃうので・・・
シンガポールのいろんな建物は風水はもちろん、そうした除霊や悪い気から守る役割を果たすようデザインされているのだそうです。
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シンガポールとペナンに住んで15年、プラナカン協会会員です。ライター&コーディネート業務に携わっています。ご依頼・お問い合わせは下記ホームページからお願いいたします。
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