そして昨夜マラッカからメッセージが。
ついにマラッカとペナンがユネスコ世界遺産に登録されたそうです。
これは一重にこの2都市で歴史的建造物や文化の保存・修復に個人的には無益にもかかわらず力を注がれてきた人々の努力がユネスコに認められたからだと思います。
ペナンのクー・サルマ Khoo Salma さん、リム・ゲックシャン Dr.Lim Giak Siang さんを始め、ペナン・ヘリテージ・トラスト、マラッカのジョセフィーヌ・チュアさん Josephine Chua とその仲間である チェンフンテン寺Cheng Hoon Teng Templeの皆さん、そしてバダン・ワリサンなど皆さんの貢献は大きいでしょう。この方たちはプラナカンや中国系だけでなく、マレー系、インド系、ユーラシアンからマイノリティー・グループまで、さまざまなマレーシアの文化遺産に関心を持たれ、研究・保存に尽力されてきた方達です。
取材を通してこの方たちに知り合うことができましたが、彼らのおかげで私もプラナカンに限らずいマレーシアのいろいろな面について知ることが出来ました。この方たち、とくにマラッカのジョセフィーヌさんはおごることなく、いつも私の質問に丁寧かつ専門的に答えてくれ、参考資料も惜しみなく与えてくれる、すばらしい先生、そして友人です。
この他にも個人で歴史ある家を修復された方たちもいます。今風に改造してしまうのではなく、本来の建材・構造を出来る限り壊すことなく、忠実に修復された方たち(ペナンのチョン・ファッツー・マンションなど)の努力は決して半端なものではありません。
この方たち全員に、心から「おめでとう!!」
Malacca and Penang has gained the status of UNESCO WORLD HERITAGE!!
Please let me offerr congratulations to all those who assisted the 2 states in conservation efforts with NO PERSONAL GAIN to themselves.
最後に、この輝かしき賞の意味をはきちがえることなく、マレーシアの素晴らしい文化遺産が後世に残るよう、政府機関の協力を期待したいと思います。ユネスコ世界遺産に登録されるということは、「世界的レベルの観光地になる」という意味ではありません(すでにそう理解している人たちがいるらしいです)。この2都市の歴史的役割・価値を正しく理解し、本来の姿を取り戻すべく修復・保存を最優先に尽力していただきたいと思います。
「質問攻め一家!』 だということ。
下手にこの家族に捉まってしまったら、ちょっと大変!
突如として人が変わったように、雄弁になるお婆ちゃんと息子さん。話しこんでいるうちに会社から帰ってきた娘さんまで加わってしまったらさあ大変!まるで、3匹の蛇(失礼!)ににらまれたカエルか、蜘蛛の巣に引っかかってしまった何とやら・・・・・身動きもできないまま、ひたすら答える。私にとってはまるで地獄の英語特訓塾状態。
最初は日本人が珍しいこともあり、履歴書と同じ、住所・氏名・年齢・職業(しかも家族全員のを聞かれる)それがだんだんと 『今日一日の日課』 へと移り、究極はお昼に食べたニョニャ料理の中にジャガイモがいくつ入っていたか?大きさは?味は?値段は?あちらはいたって真剣な面持ちで聞いてくるので、(心の中では、私たち2人とも大笑いしながらひたすら真面目に答えるのです。)
次々と降ってくるエンドレスの質問のあいだ、ケーキもクエもクッキーもジュースもふんだんに飲まされ、お腹が破裂しそうになっており、鼻炎で鼻水が止まらない、と言ってしまった誰かさんは、これを飲め!利くから早く飲め、2粒この場で!と、薬まで飲まされた日もありました。
気がついたらどっぷり日も暮れ、カリー粉を買うどころか、お土産をごっそり持たされて帰るという始末。
質問攻めの後は2人とも生気を吸い取られてしまったかのように、タン・チェン・ロック通りをふらふらになりながら歩いた経験が何度もあります。(すでに何人か、ご経験された方がいらっしゃるようですが・・・・)
私たちはもうだいぶ慣れたので、オン家の訪問はアポが無い暇な日に、しかも「バテてない元気な日」、に行くと決めてあります(笑)
そ んな彼等を象徴する手紙が、先日突如手元に届きました。お正月は大変忙しく、その後も行事がいっぱい、返事を出すのがすっかり遅くなってしまい誠に申し訳 ない、云々・・とあり、最後の日付を見たら「●月●日、何時何分!」と、時間まで記載されているではありませんか!思わず、「ぎゃ!さすがオン・ファーミ リー!!」と大笑いしながら、几帳面で真面目なオン家の人々の顔が次々と目に浮かび、何だかほのぼの、愉快な気分になりました。
愛して止まないキャラクターの面々、永遠にマイペースで良いものを作り続けていって欲しいです。それこそが、マラッカの遺産なんですから。
それによりますと(出典:The Star誌)、私たちがずっと推しているマラッカとペナンのジョージタウンがユネスコの世界遺産に指定される可能性が高い、とのこと。
来たる7月にカナダのケベックで決着がつくらしいのですが、スター誌には、マラッカ市政府の関係筋から「世界遺産になるための基準はクリアした。うまくいく可能性は高い」というコメントがでています。
もしその通りになれば、マラッカとペナンのジョージタウンはマレーシアにおいて3番目のユネスコ世界遺産サイトになるのです。(キナバル自然公園、グヌン・ムル国立公園に続き)
今でもペナンやマラッカに初めて行ったときの感動を覚えています。
1980年代に訪れた上海以来の興奮でした。保存状態がとても悪いにせよ、古い街並がずらりと続くジョージタウン、興奮して友人たちに長〜いメールを送ったほどです。そう、私は古い街が大好きなのです。しかも、化石のようなのが。発掘し甲斐がありますからね。
多くの人にとって「寂れた子汚い街」という印象しかなかったペナンのジョージタウン、今やたくさんのロングスティの日本人がペナンに住んでいますが、彼らの多くは古いジョージタウンに見向きもしません。多くの人がプラナカンのことすら知りません。
でも世界遺産になったら、態度がころっと変わる人もでてくるんでしょうね・・・。
またマラッカも観光名所のオランダ広場に行っておしまい、の初回には「なんてつまらないところだろう」とがっかりしたものの、初めてプラナカンの街としてチャイナタウンに訪れたとき、ヒーレンストリートに入ったときの、背筋にぞくっときたあの感覚、これも鮮明に覚えています。
今はもう何度も訪れているので、あのときのような新鮮味はなくなっているのですが、
この2つの街はやはりお気に入りの街です。また、私としてはペラック州のイポーも世界遺産都市に推薦したいところです。
実は先月のタイ旅行の帰りにもペナンによったのですが、そのときにエーデルワイス・カフェのママさんに「最近この辺のショップハウスの値段が上がっているのよ」という話を聞きました。ペナンは今不動産高騰が続いているのですが、そのあおりを受けてかとも思いましたが、ロングスティの欧米人たちは高級コンドミニアムよりも、こういった古い家の方が興味がある人が多く、エーデルワイスのように改装して住む人が増えているのだとか。初めて行った頃は30万リンギットだったものが(シンガポールのショップハウスの値段は通常これの5倍以上なので、ここなら買える、とにんまりした私)、一昨年の取材時には50万リンギットになり、今や70万リンギットにまで跳ね上がっているそうです。これで世界遺産になったらとんでもない値段になるかもしれませんね。あ〜いやだいやだ。
ただ、よく疑問に思うのですが、ヨーロッパやメキシコなどで世界遺産に指定されている街なんかも訪れているのですが(メキシコのグアナファトとかオアハカ、サン・クリストバル・デ・ラスカサスなどは中世の時代にタイムトリップしたかのよう)、本当にそういうところの街は建物の保存状態などがよく、景観を損なうような建物や趣味の悪い店とかはまず一切目につかないのですね。さすが、世界遺産に指定されただけの街、と感心したものですが、近年マカオが世界遺産に指定されたようですが、なんか新規に直した、取って着けたような部分(路面の敷石をモザイクにしてポルトガル風にする。でも古さは感じられない、など)なども多く、こんなのが許されるわけ?と思ったのです。マラッカなどは観光客相手の店が乱立し、景観をおびただしく損ねている場所もあるので、難しいんじゃないのかな?と思っていたのです。でも東西交易の歴史の舞台だったわけですからね、マラッカは。その意味では歴史遺産に指定されておかしくありません。
はてさて、7月の結果はいかに??
参考リンク)
ヤフーのニュース(英語)
The Star Online
今回の旅行で、ポルトガル広場(ポーチュギース・セトルメントと呼ばれるエリアにある)と、古くから残るユーラシアンのカンポン(村)を訪れました。
マラッカは1511年から1641年にポルトガルの植民地となった歴史があります。
写真)マーティンさんの家にて
ところが、オランダに破れこの土地の支配権を奪われると、プロテスタントのオランダ人からの迫害を逃れる為に自らをポルトガル人ではなく、クリスタンと呼ぶようになったのだそうです。そう、クリスタン=キリスト教徒です。 ・・・・といくつかの資料にはそう書いてあります。
ところが観光地になっているポルトガル広場にある、おまけのような博物館に行き、おじいさんに案内をしてもらいますと、自分たちのことをPortugueseと強調して言い続けるので、「クリスタンではないのですか?」と訊くと、「違います!クリスタンというのは、料理や言語には使えますが、人を指す場合はポーチュギースです。クリスタン人というのは間違いなのです!」と説明されました。
ポルトガル村の7代目Regedor(リーダー)であるGomes氏(左)と
博物館を案内してくれたOvareeさん(中央)
前にもここのブログで書きましたが、ポーチュギースという言い方をすると、ポルトガル本国の文化や料理、建物があると一般の旅行者は誤解するでしょう。マラッカにはそれとかけ離れたものしかありません。人種も色黒のインド系、マレー系のような人たち、しゃべる言語はクリスタンかマレー語、食べ物もスパイシーな料理。ポルトガル風の建物はなく、せいぜいカトリック教会の遺跡が広場とは遠く離れた場所にあるのみ。
ポルトガル・スクエアにはシーフードバーベキューを食べさせる数軒のレストランが集まっており、中央に設けられたステージで夜ごとポルトガルダンスを見せるのだそうです。私たちが行ったのは昼間でしたので閑散としており、レストランもあてにしていたところが閉まっていましたので、適当に開いているところで食べましたが、クリスタンの名物料理であるはずのカリー・デバルもまったく「なんちゃって」、あまりのひどさに呆れ返りました。
ただこの地域に住んでいるポルトガル系末裔の方たちとお話をできたのは興味深いものでした。可愛いい美少女なども見れてそれはそれでよかったです。陽気なダンスを見ながらシーフード・ディナーを楽しむにはいいかもしれません。
マーティンさんはもともと漁師でしたが、料理の腕が評判を呼び、クリスタン料理に欠かせない食材やお惣菜を売るようになりました。ここの家は今でも昔のまま。プラナカン料理にもかかせないマラッカならではの食材ブラチャン(蝦のペースト)も彼の手作りです。マーティンさんのキッチンには年季のはいった大きな龜がいくつも並び、料理好きなら身震いしそうな光景が広がっていました。龜の中には、庭になるマンゴーの実で作られたマンゴー・ピクルス、数種の野菜をひとつひとつ日干しにして作った漬け物アチャー、塩魚で作ったサンバルなどなど、どれもこれも期待通りの絶品で私たちはテンション上がりっぱなし。
どちらも重いガラス瓶に入っていましたが、ど根性で持ち帰った私たちです。ちえさんなどは空港の手荷物検査で「これは何だ?液体は持ち込めないぞ!!」と差し止められそうになりましたが、丈夫な高級バッグを買って詰め替えてチェックインしたそうです。すごい執念!しかし、そこまでしても持ち帰りたい大切なものでした。
残念なことにマーティンさんはまもなくこの家を立ち退かないと行けないらしいのです。次回マーティンさんと会うのは、引っ越し先になるのでしょう。 あの緑溢れるひなびたカンポンの、こぎれいな昔ながらの台所が再び見れないと思うと残念でなりません。
文化人類学者の石毛直道氏によれば、
「言語学におけるクレオールとは、複数の言語が接触することによってできた混成語のことで、それを母語として生活する人々の存在を前提している」なのだそうです。この定義にあてはめるとすれば、私たちが研究するプラナカンはクレオールと呼んで間違いないでしょう。
外国文化の影響を受けた文化は世界中にざらにありますが、こんな小さな地域にプラナカン、クリスタン、はたまたチッティーのようにクレオールの定義にあうグループが3つも存在するマラッカは世界でも珍しいケースなのではないでしょうか。どれもがクレオール語(混成語)を持ち、500年以上も独自の文化を維持してきたマイノリティーグループです。
プラナカンは今日もまだ豊富な財力を持つ家が多いので比較的文化が維持できている方だと思いますが、衰退の一途をたどっているのがクリスタン(マレーシアン・ポーチュギース)とチッティーです。今回のマラッカ訪問では、マラッカに残る古いチッティーChittyの村へも訪問しました。
※ちなみにチェッティーとかチェッティヤーと呼ばれるインド系の人々もいます。私は最初混同していましたが、まったく別のグループです。おもに金貸し業を営んでいるグループがチェッティーです。
左)チッティーのヒンドゥ教寺院
マラッカのチャイナタウンから程遠くない地域にKampung Gajah Berang という村があり、そこにチッティーのコミュニティーが残っています。しかし、わずか十数世帯と3つの寺院を残すのみです。このエリアには一応チッティー博物館がありますが、ババ博物館などとは比べ物にならないほどお粗末なものです。
チッティーのおばさんが管理人で一生懸命案内はしてくれますが、マレー語がたくさん混ざるので聞き取りにくいだけでなく、展示の説明がマレー語だけなのもどうかと思います。それでも展示を見ると、チッティーたちがいかにチャイニーズ・プラナカンと酷似した衣装を着ていたかなどがざっとわかります。
このあと私たちはポルトガル人の末裔の人たちが住む村を2カ所訪問しましたが、この人たちの話をきくにつけても、マレー人種以外の人種(中国系、インド系含め)の文化が保護されていない現実を目の当たりにしました。
しかし幸いマレーシアにはマレーシア文化遺産保護のNPO組織であるバダン・ワリサン・マレイシア(Badan Warisan Malaysia)や、民間人が組織するペナン・ヘリテージ・トラスト、マラッカ・ヘリテージ・トラストなどが存在し、活発に機能しています。
こういったNPOやNGOの団体、民間人の研究グループの活動対象は歴史的建築物の保護が主ですが、マイノリティー・グループの消え行く伝統文化の保護にもより力を入れて欲しいものです。
シンガポールに移住したチッティーのグループが今度プラナカン協会のようにチッティー協会を設立するという話を聞きました。本人たちも危機感を強く感じているのでしょうね。
このホテルで特筆すべきは、世界で唯一ここだけ、という「プラナカン・スタイルの施術を取り入れたスパ(Spa Village)」があることです。
中国とマレー両方のイイとこ取りをした独特のセラピーとでも言えばわかりやすいでしょうか。
それぞれのトリートメント・ルームの前にはプラナカンを意識した可愛らしいピンツーパガー(プラナカン屋敷などの玄関扉に取り付けられているマレー式スイングドア)がありました。
その他の部屋もプライベート感を味わえるゆったりした造りになっています。
トリートメントはまず中国の漢方に基づき各自の体質を温か冷の診断をしてから、各々の施術方を決めます。ナツメグやマラッカ名産の黒砂糖、タピオカやグアバの葉っぱ、時にはツバメの巣といった南国ならではの天然の素材で執り行うトリートメントは、パンコール・ラウやタンジュンジャラ・リゾートなどでもおなじみ、Spa Villageグループならではのサービスで施されるはずです。
「The Mansion」と名づけられたこのレストランは、マラッカで一番洗練されたファイン・ダイニングであること間違いありません。
席数106という大きなレストランですが、個室やアンティーク調のつい立を設けるなどして趣を変えてあり、高い天井に大きな窓、エレガントで落ち着いた雰囲気になっています。
お料理はマラッカらしく、ポルトガル、オランダ、イギリス、そしてプラナカン料理を加えた独創的な料理をサーブ。
私たちが訪れたOpen当初は、まだメニューが定まっていないと言っていましたが、このままマラッカらしさを追求したユニークなメニューを続けて欲しいと願います。
残念ながら今回の旅では味わう時間がありませんでしたが、次回は是非!と楽しみにしているレストランです。
THE MAJESTIC MALACCA
188 Jalan Bunga Raya
URL www.majesticmalacca.com
デラックス・ルームがUS.250ドル~(税サービス含まず)
●ホテル客のみが参加できるマラッカ・リバークルーズなどのツアーもあるそうなので、要問い合わせ。
「Small Luxury Hotels of The World」に登録されたこのホテルは、プチ・ゴージャスなコロニアル・ホテル。
東西交易で栄えたマラッカならではのコロニアルな雰囲気に、プラナカンのエッセンスを取り入れたユニークなコンセプトを持ち、特に嬉しいのはSpaやダイニングにプラナカンの文化を積極的に押し出していることです☆
こちらも早速中を拝見、撮影をさせてもらいましたのでご紹介します。
もともとは1929年に建てられたコロニアル・ヴィラで、一時期はホテルとして運営していたようですが、クローズしたあと朽ち果てそうな屋敷を改装し、歴史的建造物の良さをそのまま残しラグジュアリーホテルとして甦らせたのが、マレーシア&近隣諸国を中心に不動産や5つ星ホテル&リゾートなど巨大なビジネスを手がけるYTLグループ。
皆さんご存知のパンコール・ラウ・リゾートやキャメロン・ハイランド・リゾート、Spa Village、KLのリッツ・カールトン・ホテルなど、数多くの5つ星ホテル&スパの経営もYTLです。マレーシアが世界に向けて発信するゴージャス・ホテル&リゾートの火付け役とでも言えましょう。
私たちはまず、「大華酒店 MAJESTIC」という昔ながらの看板をそのまま残した、ノスタルジックなロゴに胸を打たれました。
屋敷の中も昔のままに忠実に、タイルの床、ティークウッドをふんだん使った内装、アーチを描いた大きな窓、天井にはゆったりと回るシーリング・ファンといった、古き良き時代の面影を残しています。かつてのお屋敷部分は、今ではレセプションホールとBar&ロビーラウンジ、図書室などといったスペースになっており、2階は広々としたダイニング・ルームになっています。
客室はヴィラを通り抜け、その後ろに新しく建てられたビルディングにあり、エレベーターホールのいたるところにプラナカンのレプリカ家具が置かれていました。
部屋は52部屋がデラックス・ルーム(35sq)、その他の2部屋がスイート・ルーム(70sq)になっています。いずれも木材をふんだん使用したエレガントで落ち着いた雰囲気です。クラシックとモダンが上手にマッチした部屋には、もちろん最新鋭の設備が整っています。
特にバスルームは大理石の床に特注の大きなバスタブが置かれ、部屋によってはマラッカ川とカンポン・モルテン(マレーの伝統家屋が並ぶ村)を一望できる眺めになっています。
今までマラッカの大型ホテルというと、家族連れを意識した造りが多かったのですが、こちらはカップルや熟年層でゆったりマラッカを楽しむ人にもってこいの宿と言えましょう。
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