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マレー半島モンスーン寄稿
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マラッカに来たら必ず味わうスイーツに、チェンドルとオンデ・オンデがあります。
そのどちらにも共通することはマラッカ名産のグラムラカ(椰子の黒砂糖)をたっぷり使用していることでしょう。この2つは比較的どこでも簡単に味わうことができるのですが、もう一品、わざわざ足を運ばなければ出合えないお菓子があります。滞在中、二度も三度も足を運んでしまうのが「プトゥ・ピリン」のお店です。




マレー語で小さなお皿という名の「プトゥ・ピリン」。
生米を水に浸し天日干しにして砕いて粉状にし、さらに手でぱらぱらになるまで揉んだものを平たい小皿に盛り

その上に削ったグラムラカを散らし



さらに米粉を円錐状に盛り蓋をして蒸し上げたお菓子です。

ここのプトゥ・ピリンはどら焼きほどの大きさで、どこか和菓子の雰囲気もあり、韓国菓子のシルトッやペクソルギなどにも似ています。
蒸したてプトゥ・ピリンの下には刻んだフレッシュ・ココナッツがたっぷり。




幾度となく通ううち、ババのおじさんは私たちの顔を覚え、作り方のビデオを見せてくれ、実践を交えて教えてくれたのですが、片時も手を休めることのない素早さに、わかったような?分からないようなChieでしたが、平岡シェフはさすが!わずか数回できれいな形に仕上げていました。


熱々のうちに頬張ると蒸した米パフの間から濃厚な黒砂糖が口のいっぱいに広がり、サササ~っと溶けていきます。それはもう言葉にならない美味しさなのです。
かぐわしい黒砂糖の余韻がノドから鼻へとスッ~っとぬけてゆく感じがたまりません。


おじさん曰く、難しいのは米の挽き具合。微妙なザラザラ感を残しているからこそ、生地が黒砂糖をほどよく吸収し一体化して美味しさを倍増しているのでしょう。

米と黒砂糖と刻んだココナッツという非常にシンプルな組み合わせですが、グラムラカの名産地だからこそ出せるこの味!黒砂糖のクオリティの良し悪しで味が決まるのだと思います。

どんなに満腹でも、さっぱりとした口どけとグラムラカの香ばしさに軽く2個は食べられてしまうプトゥ・ピリン。私たちの夜食に毎晩のように登場する罪作りなお菓子なのです。




お店は夕方5時からから売り切れ終いです。必ず食べたい人はお早めに!
住所:252 Jalan Tengkera
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少し時間があいてしまいましたが、クエラピスの続きです。

クエラピスとは、マレー語の言葉のままに解釈すると層(ラピス)を成したケーキ(クエ)のことですが、シンガポールやマレーシアではいつも2種類のクエラピスを楽しんでいます。
ひとつはウイロウ状の色鮮やかな蒸し菓子(特にシンガポールではカラフルなレインボーカラーでお馴染み)こちらは元々中国にある紅白に色づけされた九層になっている餅が伝わったものと思われます。マラッカではクエ・ゲンガン(ババマレー語)として親しまれており、西洋から伝わった焼いたクエラピスとは全く別物です。

焼いたクエラピスも最近はココア色や緑のパンダン色、イチゴ色のみならず、断面が花模様や幾何学模様になった、ぎゃっ!と驚くようなカラフルなものも出回っています。層の数に決まりはありませんが、市販品やインドネシアのものなどは2ミリほどの極薄の層が数えきれないほど重なっているものが多いです。

写真はジョホール・スルタンのお姉様宅で味わった手作りのクエラピス。


赤とココア色のコントラストが何とも愛らしく、可愛らしいものが大好きなお姉様らしいクエラピスでした。薄くスライスしたものをさらにトーストして下さり、半生クッキーのように香ばしく、紅茶とともに優雅なアフタヌーンティーを楽しみました。味の濃いクエラピスはティータイムの王様ですね。

こちらはインドネシア、バリ島のシェフが作ってくれたもの。

かなりスパイスがきいていましたが平岡シェフのクエラピスに似た毎日食べても飽きない、素朴ながらも味わい深い一品でした。


こちらはマラッカから届いたパンダンで味付けをしたもの。


パンダンといっても色だけで香りはゼロ。お味は何とも形容しがたく・・・・いかにも大量生産の工場品といった味で一口でギブアップでした。


下はいつもお邪魔するシンガポールの中国料理屋さんでオマケに出してくれたクエラピス。


形がだいぶ崩れていましたが、手前はローカル菓子大手メーカー「ブンガワンソロ」のもの。ずっしりと重く、しっとり焼き上がった実にリッチな味わいです。その分恐ろしい量のオイルが入っているはずですが……。甘味を引き立たせる塩もスパイスもしっかりきいています。今はエアポートでも買えるブンガワンソロのお菓子ですが、長年シンガポールで親しまれてきた老舗ならではの風格を感じさせる味とでもいいましょうか?
奥はインドネシアからのお土産品。チョコレートの層がモダンな印象を受けます。味はスパイス控えめでクエラピスというより洋菓子のチョコレートケイクそのものといった感じでした。


もともとクエラピスはインドネシアがオランダ領だった頃にオランダから伝わったものという説と、卵黄をたっぷり使ったポルトガルのパンプディングのようなお菓子が、インドのゴアに伝わりミルクレープ状のベビンカというお菓子に変化し、それがマレー半島やフィリピン、マカオなどに伝わったという説もあります。しかし、東南アジアに伝わった西洋菓子のほとんどは、その土地の食材やキッチンの形状に応じて変化をしながら近隣諸国に浸透してゆくので、オリジナルを限定しづらいのが現実です。

とはいえ、シンガポールやマレーシアではクエラピス用のスパイスミックスとして売られているスパイス、主にシナモン、クローブ、ナツメグなどはベルギーやオランダなどで焼かれているスペキュロス・クッキーに使うものと全く同じもの。大航海時代にスパイス王国といわれた国々から採取したスパイスがヨーロッパに持ち込まれクッキーやケーキに使われ、それがまた植民地となった国々にお里帰りしたのでしょうか。

ところで、以前から東南アジアには幾重にも層を成すお菓子がどうして多いの??と平岡シェフと共に疑問に思ってきました。
現地の人にさんざん聞いても「綺麗に見えるから!!」と答える人ばかり(笑)

しかし、今回実際にクエラピスを焼いてみて多分、釜や火の問題があったのだなぁ~と強く感じました。

プラナカンの昔ながらの台所を見てもそうですが、片火だけの土釜でスポンジ系の大きな菓子を焼き上げるには、幾重にも生地を重ねない限り中まで火が通り難かったのではないか?
多くのクエの材料に使われる米粉や芋などは、蒸すことに適しているものが殆どですが、こと西洋から伝わった卵や油脂、小麦粉を使う洋菓子はオーブンで焼く事を前提としたものが多く、大きなケーキを焼くのはさぞ大変だったことでしょう。
クエラピスも昔は炭を上に載せて焼き色をつけたとも言われています。
また、昔ながらの土釜の燃料にはココナッツの殻を使い、えもいわれぬ燻蒸の香りをもたらしたとも言われています。

いずれにせよ、その土地ならではの調理法に工夫を重ね、どんどん変化を遂げていったことは確かでしょう。

うんちくが長くなってしまいましたが、アジアに伝わったバウムクーヘンもどきのクエラピス。今はしっかり現地に根差し、愛され続けるお菓子となりました。これからもそんなお菓子を沢山研究していきたいと思います。

おまけですが、マレーシアのガソリンスタンドで売っていたオモチャのようなケーキ。


段々の中にはサンザシが入っていて、これもある意味クエラピスです。
これを見ると、「綺麗だからねぇ~」と答えていた人たちの意見も大いにアリかな??とも思ってしまいました☆
私たちが訪れた旧正月前のマラッカ。

普段は重厚なたたずまいのチャイナタウンの家々も
旧正月の装いも整い、いつになく華やいでいました。

そんな中シンガポール同様、真っ赤な飾りがキラキラ輝き、
ヒトキワ活気をおびていたのが正月用のお菓子を売る店。

IMG_6738.jpgいつもの菓子を押し退け、軒先にずらりと並んでいたのは『年糕(ニェンガオ)』
と呼ばれ、「年々、すべてがさらに良くなりますように」の意味が込められた、
ちょっぴり甘くてまあるいお餅です。
お正月には必ず食す、縁起をかつぐ食べ物のひとつ。

プラナカンの間でもこのニェンガオはお正月には欠かせないアイテムで、
「Kueh Bakul」と呼ばれ、親しまれています。
このKueh Bakul、日本のお餅と比べて水々しく、とっても柔らかいのです。

ちなみにBakulというのは、マレー語で「バスケット」の意味で、
この餅の多くがバスケットのような形の容器に入って売られているからでしょうか?
シンガポールや中国、香港のお店や高級レストランなどでは、おめでたい鯉の形や蝙蝠、果ては金塊の形をしたえげつないニェンガオなども売り出しますが、
マラッカのニェンガオはあくまでもまあるく、味で勝負!
といった、堂々とした風情を漂わせています。

Kueh Bakul 独特の赤茶色は、黒砂糖の色かな?と思いましたが、
餅米を水に浸してから、粉状(店によって粗めもあれば、微粒子もあり)にし、普通
の白砂糖を混ぜ、
マラッカでは缶や笹を編んだ器などの型にバナナ・リーフを隙間なく敷き詰め、
餅を流し込み湯煎にかけて蒸すこと24時間ほど。
中身が半分近くなるまで煮詰まったら、こういう色になるそうです。
なるほどキャラメリゼ状態の餅か~。
つくりたてを食べるとちょうど笹餅のようないい香りがしました。

ニェンガオには甘い餅だけではなく、大根餅のような塩味のものもありますが、
Kueh Bakulの食べ方は、四角く切って油をひいたフライパンで焼いたり、
薄く切ってヤム芋にはさみ、衣をつけて天ぷらにして食べてもおいしいそうです。

ババ・ニョニャ・ヘリテージのお爺ちゃんが、お正月ならではのお土産に・・・・
と、
私たちに持たせてくれたKueh Bakul。
シンガポールに持ち帰ってしばらく置いておいたらカビが生えてしまったそうです。
しかしこれもまた縁起もの。
「飾っている間にカビが生えれば生えるほど、福がさらに増えるしるし」だそうです
よ!

ということで、今年もきっといい年になりますね。
その形が恋文に似ていることから、別名ラブレターとも呼ばれるクエ・ブランダ。
ブランダとはオランダの事を指します。オランダ統治下時代のマラッカに伝わった菓子なのか?いずれにせよヨーロッパの焼き菓子ゴーフルの手法を取り入れて焼いているお菓子です。
私がシンガポールを訪ねると必ず立ち寄る中国菓子の名店『大同餅家』は、明日?7日に元旦を向かえる中国正月用の菓子作りで、親戚を総動員しての大忙しでした。
様々な縁起ものの菓子が入った赤い器が店内を埋め尽くしています。そんな中で、是非お土産に!と職人のアルビン君が持たせてくれたのがこのクエ・ブランダです。

IMG_7041.jpg実は私たち、このお菓子を心から美味しいと思ったことがなく、どこの菓子屋さんに行っても自ら進んで買い求めることは皆無でした。お土産としていただいた時も、内心はそれほど嬉しくはなかったのです。
しかし重たい缶を持ち帰り、一つつまんでみたらびっくり!!『ひゃ〜 これめちゃくちゃ美味しいではないの!』と驚いてしまいました。ちょうどシンガポールのMikiさんからも『ねえ、食べてみた?!美味しくてびっくり!子供たちがウマイ、ウマイと奪い合いよ』というメールが。
早速、夜遅くまで正月の菓子を作り続けている職人のアルビン君に国際電話をし、スゴク美味しかったよ!と興奮しながら御礼をしたところです。

クエ・ブランダは丸くて平たい鉄の型に生地を薄く流し込み、炭火にかざしながら一枚一枚丁寧に焼きあげ、型から取り出したら熱々のうちに手でくるりとロール状に巻きます。それを延々2000箱分、クエの数にして数十万個。全てを昔ながらの手作業で作りあげるという、気の遠くなるような作業を家族経営の小さな店が今でも真面目に守り続けているという事実に、私たちは深く胸を打たれました。コンガリとした焼き色といい、つまんだだけでほどけそうな薄さ、甘い香りとともに口に含むと生地の美味しさが内からジワリとにじみ出る奥ゆかしい味わいに感激したのです。

この菓子は本来中国正月の前に、お婆ちゃんが子供たちを集め、炭火を囲みながら焼きあげたそばから子供たちがくるくると丸め続ける、和やかな家族団らんの中で作る菓子だったそうです。

今はもう見れなくなってしまった光景ですが、大同のクエ・ブランダは今でも同じ心と手法で作られています。

ということで2000個の缶は残りあと数個だそうですよ。シンガポールにお住まいの方は是非☆

大同餅家
35 MOSQUE ST.
電話65-6223-2905
(営業は明日まで2週間休)
シンガポールやマレーシアのお菓子屋さんを覘くと、いたるところで目にするお菓子が、このアン・クー・クエ(Ang Koo Kueh、もしくはAng Ku Kuihなどと表記してある)真っ赤な餅菓子ではないでしょうか。福建省近辺や台湾でも見かけるお菓子ですね。
angkookueh.jpg















ちなみに、福建語でアンとは紅色のこと、クーとは亀をさします。クエはお菓子(漢字で「粿」と書く)。その名の通り、亀の甲羅をかたどった「長寿と繁栄」を意味する真っ赤なお菓子で、 菓子の型抜きには亀の形をし、真ん中に「寿」の文字が刻まれたものを使用します。
赤ちゃんの満1ヶ月のお祝いに親戚や友人たちに配るお菓子として有名で(このお祝い時には赤く染められたゆで卵も一緒に配ります)、これをもらった人たちは当然お祝い金を入れたアンパオ(赤い色をした日本で言うお年玉袋)を渡すのが礼儀です。ですが、こういったお祝い事だけでなく、日常でも大変人気のあるお菓子で、街中では年中売られています。

実は、1ヶ月のお祝いに食べる「アン・イン(福建語で紅圓)」という、アン・クー・クエの兄弟分もおります。
こちらは平べったい甲羅型をしたアン・クーに比べ、つるりとしたゆで卵を半分に切ったような、こんもりと盛り上がった真っ赤なお菓子なのですが、アン・インをかつて取材した時、作られている場所がシンガポールではわずかに、「陳福成餅家(Tan Hock Seng Bakery)」という、チャイナタウンのFar East Square内にあるお菓子屋さん1軒のみでした。今はあるかどうか・・・・
赤い卵を配るのは、このアン・インの代わりなのかもしれませんね。形は似ています、そういえば。

アンクークエの真っ赤な皮は、もち米の粉に、なんとマッシュしたスイート・ポテトが練りこんであります。ですから時間が経っても硬くならず、ふんわりとした柔らかさを保っているのです。
これはニョニャ菓子の名物、オンデ・オンデの皮の製法と同じです。
中はさっぱりとした緑豆の餡で、かすかにココナッツの香りがします。
見た目はどぎつい色ではありますが、日本人の口に合うお菓子です。
日持ちはまったくしませんので、買ったらその日のうちに食べてください。

私たちが初めて料理研究家のTan Gek Suanさんのお宅を訪ねた時、手作りのアン・クー・クエと
カラフルなニョニャ菓子の数々、そして作りたてのラクサ・ヌードルで出迎えてくださいました。
感激とおいしさのあまり、レシピも聞かずに全部お腹に入れて帰宅したことを覚えています。

いずれにせよ、信心深く、節目ごとの行事や、中国本土でも忘れ去られたしきたりを重んずるプラナカンたちにとっても、特別なお菓子のひとつといえましょう。普通どこでも中国系の店で売られているものですが、やはりおいしいのはニョニャのレシピで作ったものです。マラッカのチャーリー・リー、シンガポールではトムソン・ロードにその名もアンクークエという有名店があり、どちらもニョニャ・レシピです。
Onde_Onde_01a.jpgマラッカにはプラナカンの間で有名なニョニャ菓子の工房があります。海岸沿いの何も変哲のない一般民家がそれで、初めて行ったときには大探ししたものです。

そこで食べたオンデオンデのおいしさといったら、目からうろこ、でした。
オンデオンデとは、餅のような皮の中にパームシュガーのシロップが包まれたもので、皮にはココナッツがまぶしてあります。今までシンガポールで食べてきたものは、ぼてっとした白玉団子のようなシロモノばかりでした。ひどい店(有名な高級ニョニャ料理店)では、黒蜜なしのものを平気で出し、こちらが日本人だと思って「本物のニョニャのオンデオンデはそういうもの」と開き直られたこともあります。ペナンでもいろいろ食べましたが、皮の出来はなかなかグッドなのですが、中のパームシュガーが固形のまま残っており、舌触りが悪いのです。そんな中、マラッカのこの店のものはもちっとしつつも弾力のある、薄手の皮の中に包まれたパームシュガーの黒蜜がとろ~り、とにかく抜群の美味しさなのです。
Kuehbelanda.jpg パイナップル・タルト、クエ・バンキッと続いたら、ラブレターこと、クエ・ブランダ「Kueh Belanda」を登場させなくては、中華正月必須の3点セットがそろいません。

 日持ちのするこれらの焼き菓子は、約15日間続く中華正月の間、誰の家を訪ねても必ずと言ってよいほど山のように盛られています。来客だらけで間に合わない家は、缶のままドカン、とテーブルの上に置いてあるのも当たり前。

 ところで、クエ・ブランダの「ブランダ」とは、マレー語でオランダのことです。その名のとおり、17世紀の初頭にオランダ人がマラッカにもたらした菓子と言われていますが、香港などにも「エッグ・ロール」なる同じような菓子があり、こちらはポルトガル人がマカオにもたらした・・・などと言われていますので、どちらが先かは分かりませんね。ただ渡来菓子であることは確かです。

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プラナカンを中心に、シンガポール・マレーシアの話題をお届け。食べ物・旅行の話題が中心です。
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Miki & Chie
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女性
自己紹介:
シンガポールとペナンに住んで20数年、プラナカン協会会員です。ライター&コーディネート業務に携わっています。ご依頼・お問い合わせは下記ホームページからお願いいたします。
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