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マレー半島モンスーン寄稿
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私たちの本を読んで下さった方々から「プラナカンの器を買いたい」「クバヤのお仕立てをしたい」「マラッカの歩き方は?」などなど、おかげさまで多くの反響をいただきました。その中でも特に多くの方々が興味をもたれ、聞かれる機会が多かったのはペナンにある真っ青な屋敷、ホテルにもなっている「ブルー・マンションこと、チョン・ファッ・ツィー・マンション」です。
「すごい色ね~~、お化けが出るの?? 一人では泊まれないの?? 螺旋階段がすばらしい! おもしろそう!」と様々な意見をいただきました。
今日はブルー・マンション宿泊体験記も含め、本書では書けなかった裏話などをお伝えしましょう。
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1880年に約7年の歳月をかけて建てられたブルー・マンションのオーナーはプラナカンではありませんでした。建築主は建物の正式な名前となっているチョン・ファッ・ツィー。
東洋のロックフェラーと言われた客家系の大富豪で、スマトラからやってきたそうです。なかなかのハンサムだった彼にはオフィシャルで8人の妻(実際にはもっといたはず)がおり、その中で一番可愛がった7番目の妻がペナン出身だったこともあり、この家を建てたそうです。ちなみに7番目の妻のほかに、3番目と6番目の妻たちも別々の時期この屋敷に住んだそうで、本来は7番目の奥方のための屋敷に、他の妻たちも行き来していたと聞くと、この屋敷で繰り広げられた妻たちの壮絶なバトルが浮かんでくるような気がします。おまけに彼が7番目の奥様との間に最後の子供をもうけたのは74歳の時!と言うのですから驚きです。

この屋敷は、当時中国人たちの間で流行っていた「インディゴ・ブルー」で建物全体を塗りつぶしたことから、現地では「ブルー・マンション」と呼ばれるようになりましたが、実物を目にすると、インディゴ・ブルーのなまめかしい青さが異様なまでの存在感を放ち、目の前に迫ってきます。
今、日本でも近隣住宅の色合いに物申す!という論議がありますが、このブルー・マンションを目にしたら、そんな議論も吹っ飛ぶほどのすごさ。
特に裏から見るブルー・マンションの異様さはあたりの風景まで変えてしまうほどです。

ではなぜ、私たちが著書でこの屋敷を取り上げたのか?と言いますと、まずはその妖しいまでの美しさに魅かれ、是非とも紹介したいと思ったことと、同じペナンにある「ピナン・プラナカン・マンション」と同様、東西折衷様式の家だったからです。これについては中国系の人たちの反発もあるのですが、この2つの家はストレイツ・チャイニーズ様式(ストレイツ・チャイニーズはおもにプラナカンを指す、が、厳密には当地生まれの中国系を指すことも・・・微妙です)と呼ばれています。

同じ時期に建てられたプラナカン・マンションとブルー・マンションの内装はスコットランドから同じ鉄柱を運び、廊下にある欄干の見事な彫刻など多くの箇所を同じ素材、同じ職人の手によって施されたようです。両方とも当主が客家系ということで繋がりがあったのでしょう。当時のセレブリティたち(プラナカンも含む)の間で流行っていた西洋と東洋の折衷様式を見事に取り入れています。ただし、同じような内装を施した両者でも、色によってこうも雰囲気や風格が違ってしまうのかと、色彩がかもし出す魔術を感じます。
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  • 無題
Miki 2007/11/30(Fri)10:30:40 編集
ここでは1日2回(午前/午後)で館内ツアーを有料でやっています。宿泊客以外の人たちが内部見学をできるチャンスです。
私はこのツアーに2回参加したことがあるのですが、最初は現在のオーナーの女性で、2回目は多分ペナン・ヘリテージ・トラストからきたガイドの女性。オーナーの女性の説明の際には、「プラナカンに憧れていたのでこういう家を建てた」と言っていたような気がするのですが、2回目のガイドさんは「違う!プラナカンがこっちの真似をしているのよ!」と強く否定され、困惑しました。プラナカンを嫌う中国系(プラナカンが英国寄りだったから、とか、中国系なのに中国語が話せないのが気に食わないとか、スノビッシュだから嫌い、とかいろいろな理由で)もおり、研究をする点においてもプラナカンでない人たちの話も注意して耳を傾け、情報が一方に偏らないように努力をしております・・・。
  • 無題
Chie 2007/11/30(Fri)18:52:08 編集
Mikiさん

そうですね。私も初めてブルー・マンションの案内から話しを聞いた時、プラナカン屋敷と内装が酷似しているのでてっきりプラナカンの家と思っていたら、プラナカンではない!と断言され、その時初めてプラナカンたちが黄金期を過ごした時代に、彼らが回りの中国人たちにどう思われていたのか?の片鱗を垣間見るようで興味深かったです。
英国よりの思想を持ち少々高ビーだったところがあるプラナカン。時として周りから反感を買っていてもしかたがありません。

また、プラナカンの研究にあたり「これがプラナカンのオリジナル」という定義で片付けられないものばかり。全てのパーツで色々な国のものがミックスされている複雑性があり、それがまた魅力なのですが、わたしたちはプラナカン一辺倒ではなく、彼らをはぐくんだ国の文化を通じて色々な方面からお伝えしていければ、と思います。
  • 無題
2007/12/02(Sun)12:19:43 編集
 是非実際にみてみたいですね

 夢のような建物ですね
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プラナカンを中心に、シンガポール・マレーシアの話題をお届け。食べ物・旅行の話題が中心です。
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