忍者ブログ
Admin*Write*Comment
マレー半島モンスーン寄稿
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10
以前から気になっていたマレーシアのクランタン、ここにもプラナカンと呼ばれる人たちがいます。今回彼らの結婚式があるということで、友人のつてをたどってお邪魔してきました。

IMG_9528.jpgまず簡単にクランタンについてお話しましょう。
クランタンは隣のトレンガヌ州とともにマレーシアでももっともイスラム教色の強い州で、マレーシアの与党UMNOではなくPASというイスラム政党の政権下にあり、保守的な土地と言われています。この辺はマレーシアでも有数の美しい島々があるところですが(正確にはトレンガヌ州に属す)、一時「ビキニ禁止令」が出るなどの規制もあり、お隣タイに比べて外国人人気も今ひとつのようです。・・・というと、排他的なイメージですが、ところがどっこい、人々は大変親切でフレンドリー。ただ住民の大多数がマレー人、そして女性はイスラム教徒らしく全員が頭にかぶり物をしている、そんな中では外国人は浮いてしまう、目立つのは確かです。ですが、私はかえって白人様様のタイよりも、外国人に媚びないこちらの方が「正常」に感じます。

写真)お菓子作りで有名な家。本当は王室献上のムルタバ・ラジャで有名な家だが、この季節はお菓子オンリー、残念!!


またここはタイと国境を接し、以前はタイ系のパタニ王国があったところでもあり、豊かな食文化に、ヒンドゥーの人形劇ワヤンクリ、マレー凧、バティックやソンケットといった布、銀細工、伝統的な木彫りなど、マレーシアでももっとも成熟した工芸文化が豊富な土地でもあります。

IMG_9551.jpg今は10月頭までイスラムの人々はラマダン(断食節)です。断食の季節とはいえ、街中いたるところに食べ物屋台が出ます。断食は夜明けから日没にかけて行われるもので、早朝と夜は飲食ができます。そのため日没後のディナーを買い求める客で夕方4時くらいから屋台街は賑わい始め、周辺の道路は渋滞になるほどです。タイに近いせいもあってケラブと呼ばれるサラダ風の料理やウラム(生野菜やハーブ類)も何種類もあり、これらといっしょに鮮やかで種類豊富なスイーツに、カレー類といった総菜がいくつも並ぶ様は圧巻です。全部試したいけど、食べきれない!

そんな食べ物天国状態のクランタンの首都、コタバル市内のお宅に約5日間泊まり込みをさせてもらい、またまた食べ物三昧の日々となってしまいました。中国系の人たちですので、親戚縁者が多い上に、日本人が珍しいとあってか、あちこちからお呼びがかかって大変でした。1人で街歩きする時間がまったくなかったのが残念です。

741d1047.jpegさて、こちらのプラナカンは、マラッカやペナン、シンガポールのグループとは完全に別のグループ、関連性も低いようで、プラナカンの定義ももっとおおらかです。一応プラナカン協会がありますが、とにかくこの土地で生まれた人はすべてプラナカンと認識して良いらしく、とくに特権階級だったわけでもなく、特別な文化を編み出したわけでもなく、ただただ現地に同化してきた中国人たち(福建系)なのです。

ただその同化の度合いはマラッカ以上で、マレー人はもちろん、タイ人との混血も多く、食べ物は豚肉を食べる以外はほとんどマレー人と変わりがないような。もちろん若干違うものもありますが、ニョニャ料理のように中国&マレーをミックスしたフュージョン料理というのではなく、マレー料理あるいはタイ系の料理をそのまま普通に食べています。というわけで、コタバル滞在では一度も中華料理らしいものは食べませんでした(でも中国料理のレストランもありますよ)。

中心部に近いところにカンポン・チナ(チャイニーズ・ヴィレッジ)と呼ばれる地区があり、福建移民らしく「媽祖」を祀る中国寺院もあります。ここにコタバルの中国系有力者の家もあり、プラナカン協会があります。農村部まで行くと姿格好もマレー人と見分けがつかない人が多く(色黒で)、彼らとマレー人の違いは宗教だけ、とも言えるほどです。農村あるいは都心部でも古い家はマレー家屋とほとんど変わりなく、ただ玄関先に赤い提灯や垂れ幕がかかっているので区別が出来る、程度なのです。
IMG_9650.jpg




写真)中心部に近いところの裏路地にて(カンポンチナではない)。周辺のマレー家屋と同じ造りだが、中国人の印、赤いランタンが下がっている





 今回は農村地帯での素朴な結婚式を見学させてもらいました。
また次号で紹介させていただきます。
PR
マラッカを歩いていると、面白い生き物に出くわすことがあります。

レストラン横の排水溝に巨大な彼らを見たときは
『ぎゃっ!アリゲータ出現か!!』と、
興奮のあまりカメラを落としそうになりましたが、
あまりの素早さに、カメラに写ったのは彼らの太いシッポだけでした。

そんなに好きなら川に行けば沢山いるよ!と言われ、
炎天下の中さっそくマラッカ・リバーへ。



世界遺産になる前に、だいぶ整備された川沿いには美しい遊歩道ができ、
夜はライトアップもされロマンチックな雰囲気をかもし出していますが、
昼間の川岸は彼らのお昼寝、兼、ひなたぼっこの特等席なのか!
うようよいました『大トカゲ君』たちが。
1メートル以上はざらです。こりゃ、コモドドラゴンか??
ってくらいどでかいのもいるんです。

人間が来たのを察すると、のっそのっそと歩いて川にドボーンと飛び込みます。
こちらが歩く度に次々と飛び込む音がドボーンばしゃーんと川辺に響き、
それはそれは楽しい?光景が。

さすがのMikiさんも、次々と川に飛び込む彼らを見て
「怖い!」と顔を背けっぱなしでしたが、
古都マラッカで、こんなに豪快な巨大トカゲたちの飛び込みの競演を見れるとは、
爬虫類好きにはたまらないひとときでした!

マラッカへお出掛けの際、一度大きなトカゲ君たちを見たいという方は
是非マラッカ川を散策してみて下さい。
ただし、くれぐれもちょっかいは出されませんよう。
彼ら見かけによらず?獰猛・・・・なはず。
マレーシアのメディア、The Star誌に、私の友人であり、マラッカの歴史研究および保存運動に携わるジョセフィーヌ・チュアさんをインタビューした記事が掲載されました。
大体の内容を抜粋したいと思います。

http://thestar.com.my/news/story.asp?file=/2008/7/13/focus/21814774&sec=focus

Living heritage too must be preserved 

IMG_8703.jpgユネスコ世界遺産都市の認定も我々の対応が間違えば取り消されるだろう、とジョセフィーヌ・チュアさんは語る。
世界遺産たるためには我々の実行力が必要であり、ユネスコが決める規則を遵守できるか否か、にかかっている。

この街の文化遺産を守るためには、より多くの人々の理解を広めるよう国が指導する必要がある。そして、この街の正しい歴史を地元民と旅行者の両方に伝える必要がある。

まずは、マラッカの文化遺産とは何かを知ってもらうことが必要。歴史遺産は建物だけではなく、この街に根付いてきた「生きた」遺産でもあり、それはマラッカの文化、そして人々である。

今は観光客で溢れかえるマラッカの街にもかつては大勢の職人が住んでいた。ところがこれらの職業は現代においては良い金儲けにならないため後継者もなく、この街からどんどん消えている。これに代わって今はみやげ物屋がひしめき、どこもかしこも似たような商品をおき、しかもその大半はマラッカやマレーシア産ではなく外国産のものばかりだ。
観光客が求めるのはこんな街ではない。観光客はこの街の本当の姿を見たがっている。

国にはこれらの伝統的な職業を保護し、次世代につなげてほしい。特別なライセンスを与えるようにするとか、賃貸や課税などの負担を軽減するといった方策をとるべきだ。国や大手企業にはこれらの伝統的職業を守るために財政的な協力を求めたい。

・・・という以上の内容です。

ジョセフィーヌさんは私だけではなく世界各地からやってくる研究者たちにマラッカを案内してきました。私がいつもマラッカに感じることは、マラッカ側がよかろうと思って提供するものと、我々外国人が見たいと思うものにあまりにも隔たりが大きいということです。「バリやタイ、中国産のみやげものが並ぶマラッカなんて見たくない。この街の本来の姿、人々の生活が見たいのだ」という私たちの要求を彼女はよくわかっています。

またババ博物館の館長さんもよく言っていますが、「マラッカやプラナカンの文化に興味を持ってくれるのは、外国人旅行者だけ。アジア人では日本人くらい。ローカルが興味を示さないのが残念でならない。ローカルはジョンカーウォークのみやげもの屋で満足して帰ってしまう」と。

私の本でも「マラッカ裏道散歩」というページで紹介しましたが、土産物屋がひしめくジョンカーから一歩裏に入れば、今でも職人さんたちの姿を目にすることが出来ます。しかし、その大半は高齢者で、この人たちが亡くなれば、もう跡継ぎがいないというのが現実なのです。

そして正しい歴史認識。マラッカには「伝説」が多すぎるのです。たとえば、プラナカンのルーツに利用される「ハンリーポー伝説」もその一つ。マラッカの王国に明国の姫ハンリーポーが数百人の家来を従えて嫁いできたという伝説です。これは『マレー年代記』には記述されていますが、肝心の中国側の歴史書や『明史』にもこんな話はまったく記載されていません。そもそも、世界の超大国であった明が、こんな小さな国に姫を嫁に出すでしょうか?それが本当なら日本にも姫を送っているでしょう。中国の書物には、マラッカ王国の王がやってきたときに、マラッカ王の帰国の際に女を付き添わせたという記録があるのみです。そしてその女は特別な地位を持つ人物ではない、と記されています。
ところがマラッカでは今でもハンリーポー伝説がまことしやかに語られているのです。ちなみに、ハンリーポーではなく、ハンリウというのが実際にマラッカ王の妻になった中国女性の名前だそうです。

また、明からは鄭和が船団を率いて数回マラッカを訪れています。鄭和は明の宦官でしたが、イスラム教徒でした。チェンフンテン寺の建設に鄭和が関わったとか、とんでもない話をする人もいます。常識的に考えてください。イスラム教徒が仏教寺院を建てるでしょうか?

ジャラン・カンポン・クリには、マレーの勇士ハン・ジェバットの墓があります。しかし、この墓は本当に彼のものなのか?そのお墓のつくりは、王族用のつくりになっています。ハン・ジェバットは王族どころか、王に反逆した荒くれ者ですらあり、彼の死体は海に捨てられたと書かれていたと思います。なのに、なぜここに立派な彼のお墓が?

きちんとした検証もせず、いい加減な観光名所を作る、そんなことがユネスコ世界遺産都市にあってはなりません。
非常にタイムリーではありましたが、マラッカに行っておりました。
著者両名揃い、ニョニャ料理研究家の平岡さんも加わり、今回もまたディープな旅に。

その前にシンガポールでは国立博物館のボランティア・グループの方たちには
プラナカン博物館もご案内いただき、誠にありがとうございました。
皆さんのご活躍を心からお祈りいたします。

マラッカ旅行は6日間でしたが、食べ歩き・料理教室の日々でした。
いつもただでさえ食べ歩きに連れ回される私たちですが、料理人の平岡さんも加わったせいか、
あちこちから食事の誘いで毎食ダブルブッキング状態。
皆親切で面倒見の良い人たちが多いのも確かですが、マラッカのうまいものを残らず食べてって! という誇りの現れでもあったと思います。
そのため、朝飯、晩飯2回ずつ食べる、あるいは二手に分かれて食べにいく、なんて毎日でした。
胃がまたまた拡張しちゃうじゃないか!!!

IMG_8710.jpgIMG_8707.jpg














玄関にたつチー氏。

しかし今回もまたまた貴重な体験をさせていただきました。
ババ博物館館長の計らいで、今回ついにあのチー・マンションに入ることができたのです。
これはマラッカでももっとも古い家の一つであるチー家(今の一番若い世代で11代目になるそうです)の、ヒーレンストリートでもっとも目立つ洋館で、ホテル・プリの真ん前に建っているお屋敷です。
IMG_8672.jpg
中身は改装を予定しているため、ほぼもぬけの空状態でしたが、先祖代々のルマアブ(お仏壇)はちゃんと保管されていました。今は数人の管理人が住んでいるだけです。中央に建つ塔の一番上にまで上がらしていただき、屋上からのオ−ルドタウンを拝むこともできました。
左)眼下にホテルプリを見下ろすの図

しかし今回この時期にマラッカを旅行したのは、クリスタンのお祭り、サンペドロ祭を目当てにしていたからです。しかし正直、このイベントは箸にも棒にもかからない、そんなものでした。ここで書くのは控えさせていただきます。

IMG_8500.jpgこれにはちょっとがっかりしましたが、ただ一人、私たちが厚い信頼を寄せるクリスタン料理人、マーティンさんにカリーデバルを習いました。マーティンさんは段取りもよく、準備も万端、てきぱきと料理を教えてくれました。本当は一夜おいた方が美味しいこの料理、それでもクリスタン料理の奥深さを感じさせる素晴らしい料理でした。レストラン用の料理ではなく、本当の家庭料理を味わうチャンスはまずありません。マーティンさんの子供たちも好奇心たっぷりで料理を楽しみにしている姿に心打たれました。そうだよ、マクドナルドなんて食べてる場合じゃないんだよ。自分たちの料理に誇りを持ってね!


では、また次回につづけさせていただきます。
昨日ずっと連絡を待っていました。
そして昨夜マラッカからメッセージが。

ついにマラッカとペナンがユネスコ世界遺産に登録されたそうです。

これは一重にこの2都市で歴史的建造物や文化の保存・修復に個人的には無益にもかかわらず力を注がれてきた人々の努力がユネスコに認められたからだと思います。

ペナンのクー・サルマ Khoo Salma さん、リム・ゲックシャン Dr.Lim Giak Siang さんを始め、ペナン・ヘリテージ・トラスト、マラッカのジョセフィーヌ・チュアさん Josephine Chua とその仲間である チェンフンテン寺Cheng Hoon Teng Templeの皆さん、そしてバダン・ワリサンなど皆さんの貢献は大きいでしょう。この方たちはプラナカンや中国系だけでなく、マレー系、インド系、ユーラシアンからマイノリティー・グループまで、さまざまなマレーシアの文化遺産に関心を持たれ、研究・保存に尽力されてきた方達です。

取材を通してこの方たちに知り合うことができましたが、彼らのおかげで私もプラナカンに限らずいマレーシアのいろいろな面について知ることが出来ました。この方たち、とくにマラッカのジョセフィーヌさんはおごることなく、いつも私の質問に丁寧かつ専門的に答えてくれ、参考資料も惜しみなく与えてくれる、すばらしい先生、そして友人です。

この他にも個人で歴史ある家を修復された方たちもいます。今風に改造してしまうのではなく、本来の建材・構造を出来る限り壊すことなく、忠実に修復された方たち(ペナンのチョン・ファッツー・マンションなど)の努力は決して半端なものではありません。

この方たち全員に、心から「おめでとう!!」

Malacca and Penang has gained the status of UNESCO WORLD HERITAGE!!

Please let me offerr congratulations to all those who assisted the 2 states in conservation efforts with NO PERSONAL GAIN to themselves.

最後に、この輝かしき賞の意味をはきちがえることなく、マレーシアの素晴らしい文化遺産が後世に残るよう、政府機関の協力を期待したいと思います。ユネスコ世界遺産に登録されるということは、「世界的レベルの観光地になる」という意味ではありません(すでにそう理解している人たちがいるらしいです)。この2都市の歴史的役割・価値を正しく理解し、本来の姿を取り戻すべく修復・保存を最優先に尽力していただきたいと思います。
さてさて、実はこのオン・ファーミリーにはもう一つの顔?があります。それは、質問をし始めたら止まらない

「質問攻め一家!』 だということ。

下手にこの家族に捉まってしまったら、ちょっと大変!

突如として人が変わったように、雄弁になるお婆ちゃんと息子さん。話しこんでいるうちに会社から帰ってきた娘さんまで加わってしまったらさあ大変!まるで、3匹の蛇(失礼!)ににらまれたカエルか、蜘蛛の巣に引っかかってしまった何とやら・・・・・身動きもできないまま、ひたすら答える。私にとってはまるで地獄の英語特訓塾状態。

最初は日本人が珍しいこともあり、履歴書と同じ、住所・氏名・年齢・職業(しかも家族全員のを聞かれる)それがだんだんと 『今日一日の日課』 へと移り、究極はお昼に食べたニョニャ料理の中にジャガイモがいくつ入っていたか?大きさは?味は?値段は?あちらはいたって真剣な面持ちで聞いてくるので、(心の中では、私たち2人とも大笑いしながらひたすら真面目に答えるのです。)

次々と降ってくるエンドレスの質問のあいだ、ケーキもクエもクッキーもジュースもふんだんに飲まされ、お腹が破裂しそうになっており、鼻炎で鼻水が止まらない、と言ってしまった誰かさんは、これを飲め!利くから早く飲め、2粒この場で!と、薬まで飲まされた日もありました。

気がついたらどっぷり日も暮れ、カリー粉を買うどころか、お土産をごっそり持たされて帰るという始末。

質問攻めの後は2人とも生気を吸い取られてしまったかのように、タン・チェン・ロック通りをふらふらになりながら歩いた経験が何度もあります。(すでに何人か、ご経験された方がいらっしゃるようですが・・・・)

私たちはもうだいぶ慣れたので、オン家の訪問はアポが無い暇な日に、しかも「バテてない元気な日」、に行くと決めてあります(笑)

そ んな彼等を象徴する手紙が、先日突如手元に届きました。お正月は大変忙しく、その後も行事がいっぱい、返事を出すのがすっかり遅くなってしまい誠に申し訳 ない、云々・・とあり、最後の日付を見たら「●月●日、何時何分!」と、時間まで記載されているではありませんか!思わず、「ぎゃ!さすがオン・ファーミ リー!!」と大笑いしながら、几帳面で真面目なオン家の人々の顔が次々と目に浮かび、何だかほのぼの、愉快な気分になりました。


愛して止まないキャラクターの面々、永遠にマイペースで良いものを作り続けていって欲しいです。それこそが、マラッカの遺産なんですから。
いつもマレーシアのニュースを転送してくれるペナンの友人から最新メールが来ました。

それによりますと(出典:The Star誌)、私たちがずっと推しているマラッカとペナンのジョージタウンがユネスコの世界遺産に指定される可能性が高い、とのこと。

来たる7月にカナダのケベックで決着がつくらしいのですが、スター誌には、マラッカ市政府の関係筋から「世界遺産になるための基準はクリアした。うまくいく可能性は高い」というコメントがでています。
もしその通りになれば、マラッカとペナンのジョージタウンはマレーシアにおいて3番目のユネスコ世界遺産サイトになるのです。(キナバル自然公園、グヌン・ムル国立公園に続き)

今でもペナンやマラッカに初めて行ったときの感動を覚えています。
1980年代に訪れた上海以来の興奮でした。保存状態がとても悪いにせよ、古い街並がずらりと続くジョージタウン、興奮して友人たちに長〜いメールを送ったほどです。そう、私は古い街が大好きなのです。しかも、化石のようなのが。発掘し甲斐がありますからね。

多くの人にとって「寂れた子汚い街」という印象しかなかったペナンのジョージタウン、今やたくさんのロングスティの日本人がペナンに住んでいますが、彼らの多くは古いジョージタウンに見向きもしません。多くの人がプラナカンのことすら知りません。
でも世界遺産になったら、態度がころっと変わる人もでてくるんでしょうね・・・。

またマラッカも観光名所のオランダ広場に行っておしまい、の初回には「なんてつまらないところだろう」とがっかりしたものの、初めてプラナカンの街としてチャイナタウンに訪れたとき、ヒーレンストリートに入ったときの、背筋にぞくっときたあの感覚、これも鮮明に覚えています。

今はもう何度も訪れているので、あのときのような新鮮味はなくなっているのですが、
この2つの街はやはりお気に入りの街です。また、私としてはペラック州のイポーも世界遺産都市に推薦したいところです。

実は先月のタイ旅行の帰りにもペナンによったのですが、そのときにエーデルワイス・カフェのママさんに「最近この辺のショップハウスの値段が上がっているのよ」という話を聞きました。ペナンは今不動産高騰が続いているのですが、そのあおりを受けてかとも思いましたが、ロングスティの欧米人たちは高級コンドミニアムよりも、こういった古い家の方が興味がある人が多く、エーデルワイスのように改装して住む人が増えているのだとか。初めて行った頃は30万リンギットだったものが(シンガポールのショップハウスの値段は通常これの5倍以上なので、ここなら買える、とにんまりした私)、一昨年の取材時には50万リンギットになり、今や70万リンギットにまで跳ね上がっているそうです。これで世界遺産になったらとんでもない値段になるかもしれませんね。あ〜いやだいやだ。

ただ、よく疑問に思うのですが、ヨーロッパやメキシコなどで世界遺産に指定されている街なんかも訪れているのですが(メキシコのグアナファトとかオアハカ、サン・クリストバル・デ・ラスカサスなどは中世の時代にタイムトリップしたかのよう)、本当にそういうところの街は建物の保存状態などがよく、景観を損なうような建物や趣味の悪い店とかはまず一切目につかないのですね。さすが、世界遺産に指定されただけの街、と感心したものですが、近年マカオが世界遺産に指定されたようですが、なんか新規に直した、取って着けたような部分(路面の敷石をモザイクにしてポルトガル風にする。でも古さは感じられない、など)なども多く、こんなのが許されるわけ?と思ったのです。マラッカなどは観光客相手の店が乱立し、景観をおびただしく損ねている場所もあるので、難しいんじゃないのかな?と思っていたのです。でも東西交易の歴史の舞台だったわけですからね、マラッカは。その意味では歴史遺産に指定されておかしくありません。

はてさて、7月の結果はいかに??

参考リンク)
ヤフーのニュース(英語)
The Star Online
  • ABOUT
プラナカンを中心に、シンガポール・マレーシアの話題をお届け。食べ物・旅行の話題が中心です。
  • プロフィール
HN:
Miki & Chie
性別:
女性
自己紹介:
シンガポールとペナンに住んで20数年、プラナカン協会会員です。ライター&コーディネート業務に携わっています。ご依頼・お問い合わせは下記ホームページからお願いいたします。
  • 便利ツール
私たちの本や参考図書をご紹介
  • 最新コメント
[03/15 cartier love bracelet replique]
[03/13 Jamizebaich]
[02/19 fake cartier braclet]
[02/05 Chie]
[02/02 wai]
  • ブログ内検索
  • カレンダー
04 2017/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
  • 最新トラックバック
  • バーコード
  • カウンター
  • アクセス解析
Copyright © マレー半島モンスーン寄稿 All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]