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マレー半島モンスーン寄稿
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巷では膨大な数のレシピ本が出版されていますが、満足のいく本に出会えるのはおそらく1年に1冊もありません。
最近はとくにお米の研ぎ方すらしらないような「超初心者むけ」の本がたくさん出ていて、きっとそれが売れるから、出版社もいわゆる料理研究家も、こぞって似たような本ばかりを出すのでしょうが、本来料理好きな人たちはどう思っているのでしょうか。

最近、そもそもレシピとは何か?について考えさせられることがありました。

先日、プラナカンのおばあさんと一緒にマレーシアのケランタン州の料理を作ることにしました。急に思いついたので時間がなく、レシピは現地からではなくネットで見つけてそれをプリントアウトして持って行きました。

レシピの紙を見ながら、分量を調整している私を見て、おばあさんは呆れながら「私はこんな風に料理はしたことがないわ」と言いました。「分量とか手順は全部頭に入っているからね。」と。

そのあとも料理談義をしながら、前回のブログで紹介したマラッカのマーティンさんのアチャーの話をしました。私は「彼のアチャーの野菜はね、本当に見事なくらい日干しされていて、くるっと曲がっている。私はペナンニョニャ料理の本のレシピ通りにやったけどどうしてもああはならない」というと、おばあさんは「レシピ本にすべての秘密が書かれているわけないじゃない?」といい、どうしたらうまく日干しできるのか秘密を明かしてくれました。そして彼女はこうもいいました。「プラナカンはね、とても利己的なの。秘密をただでは教えないわよ。私も何人かのレシピ本を見たけど、私が見れば、『ああ、わざと間違えているな』『嘘を書いてるな』ってわかるわよ。ありえない材料に替えていたり、コツなどをちょこちょこと抜いたりして、絶対自分の味にはできないように書いてあるわよ」と。
彼女いわく、レシピというものは本来その家の味を作り出す「秘密」であり、口外するものじゃない。先祖伝来の味の秘密を口外したら、ご先祖様に申し訳ない、と多くのプラナカンの年寄りたちは思う、というのです。

ただ、時代は変わりました。女性なら必ず料理のたしなみがあって、家族のために主婦が料理をする、という時代ではなくなりました。プラナカンの多くの家でも女性が料理をすることをやめ、外食に頼る日常が多くなり、プラナカンなのに何も料理できない女性がたくさん増えています。これはプラナカンに限ったことではありません。ニョニャ料理のレシピはずっと門外不出でしたが、レシピ本が世にでるようになったのは、こういう傾向が強くなった1960年代頃からだそうで、今やニョニャ料理のレシピ本は腐るほど出ています。

最近研究しているクリスタン料理と関係の深いマカオ料理の本について読みました。この本を書いたのはマカオ人ではなく、外国人女性なのですが、彼女はマカオ人のいろんな家を取材してマカオ料理のレシピを集めました。大変な作業だったと思います。多くの家では口頭のみで伝えられ、記述されて残っているものはほとんどありませんでした。それでも、息子がアメリカに留学し、自分の家の料理が食べられなくて可哀相と思った母親が息子のために書いたレシピなどを入手することができたそうです。

レシピというのは、本来その家の味を伝えるものなんだ、と初めて気づかされたような気がします。だからお年寄りの世代では、本を見ながら料理することなどなく、すべて母親や姑をやっているのを見て覚える、身につけるのが普通だったのでしょう。レシピは正しい、間違っている、というものではなく、「うちではこのやり方、この味」というのが本来の姿なのでは、と。

もう一人、私の友人のプラナカンの料理研究家に、Tan Gek Suanさんという年配の女性がいます。彼女は2冊のレシピ本を出版していますが、その本には写真というものがついていません。そのためこのレシピ本を売るのに相当苦労されたそうです。
あるとき、ある女性から「レシピ本がほしい」と電話があったのですが、写真がついていないのを知ると「要らない」と拒絶されたそうです。しかし、本当に必要なのは写真ではなく、レシピの中身、のはずです。たしかに写真があれば見た目もよいし、わかりやすいです。でも一番重要なのは写真ではなく、レシピの質です。しばらくして、その女性から「雑誌にでていたあなたのレシピでやったら、本当においしかった。やっぱりレシピ本が欲しい」と電話が来たそうです。スアンさんのレシピ本には家伝来の味に近づけるよう、手順が丁寧に書いてあります。欧米の料理研究家に絶賛され、何冊も注文を受けた、と言ってました。わかる人にはわかるのですね。でも写真付きで出版したら、もっとよかったですけどね。

よくレシピ本を見ながら料理を作ると、「あれ、この食材はどこに使うの?」とか「本当にこんな量でいいの?」とか不思議な箇所を見つけることありませんか?
あれは「わざと」そうなのか、それとも編集ミスなのか?
それでなくても説明の足りない本はたくさんありますね。でも、巷では「カンタン」がキーワードの本が人気なのだそうで、複雑な手順を書いたレシピ本は本当に少ないと思います。中華料理なんて特にそうじゃないでしょうか。本場で食べる蝦がどうしたらあんなにぷりぷりになるのか、知りたくて知りたくて仕方がありませんでした。特に飲茶の点心なんて真似できません。でも大概の本には蝦の下ごしらえのコツすら書かれていません。ただ「蝦とひき肉を混ぜる」としか・・・。また書いてあっても、一番肝心なところが抜けていると思います。それか著者自身知らないのか?

ニョニャ料理本でも「(ハーブやスパイスなど)混ぜ合わせたペーストを油で炒める」程度しか書かれていないことが多いですが、よくて「香りが出るまで炒める」と書かれている。何をもって「香りがでる」なのか、初めての人ではわかりません。だって、ハーブやスパイスですから何もしなくても香りが強いです。それを「香りが出るまで」と言われてもどのレベル??ということになります。本当はペーストから油が分離してくるまで、色が変わるまで、そして香りの質が変わるまで、しっかりと炒めなくてはニョニャ料理では失格だそうです。それは大体30分ほどかかります。弱火が基本ですが、弱すぎてもだめです。途中の火加減も大切です。こういうものは「年季」に裏付けされた技術ですよね。(例のおばあさんに脇から「火が弱すぎる!」「まだまだ香り出てない!」とガンガン文句いわれながらペースト炒めをやらされました。こんな人が姑だったら・・・。)

私は複雑でもいいから、年季に裏付けされた技術、こういう手順がかかれた、手抜きのないレシピを集めた本があったらな、と思います。
プラナカンに言わせれば、「それはずうずうしいというもの」、なのでしょうけどね。
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  • レシピ本
katsura 2008/02/29(Fri)14:11:00 編集
私は作る過程の写真が無いと基本的には買いません。それは、どのくらい加熱するのか等の加減が言葉では表現されていない本が多いからです。
過程と出来上がりの写真があれば、出来上がりの写真を見て、成功に近づく鍵みたいなものを得ることが出来ます。
特に未知の料理では・・・。

そういう意味でおっしゃるとおり、いいレシピ本ってあんまり無いなあと思います。
  • 無題
Miki 2008/02/29(Fri)14:38:54 編集
Katsuraさん

そうですね。私も基本的には写真付きがいいなと思います。とくに手順の写真があると、あ、なるほど、このくらいまでこうするんだ、ってわかりますよね。
(でも写真と説明があってないのもありません??)

そう、「加減」の具合が言葉では表現されていないものが大半ですね。「混ぜる」にしても、どの程度、どうやって、どのくらいの力加減で混ぜるのか。以前料理番組を見ていたら、アシスタントの人が肉団子用のひき肉をちんたら混ぜていたんですが、先生が「そんなんじゃだめですよ!もっと力入れて、素早く、こう!」と怒っていましたが、そういうことひとつで料理の味は変わりますよね。韓国料理のナムルを作るんだって、なんかレシピ本どおりにやっても美味しくないなあ、と思っていたら、調味料の入れ方の順番が大切なんですって!それに箸ではなく手でじかに混ぜると全然違う。そういう大事なことが抜けている、書かれていない本が多すぎます。

以前ロシア人のコックにロシア料理の古典的レシピばかりを集めた古い本をプレゼントされたのですが、普通だったらぱらっと見て買うの止めたくなるような本です。写真なんてありません。

でも、本当に詳しくその料理についての解説があるのです。「フランス料理の場合はここで牛乳の入れるらしいが、ここで牛乳を使ってしまうとひき肉から肉汁がでなくなる。水かスープストックを使わないとだめだ・・・」とか書かれているのです。
どうしてここでこうするのか、そうしてはいけないのか、とか大変詳しい。

こういう本は滅多にないですね。
  • 無題
2008/02/29(Fri)21:16:57 編集
興味深いおはなしですね

魚の身をすって塩を加えてあたりばちですって
蒸し器でむしたらかまぼこができる、よ

でもそんな教え方では絶対にあのおいしさは
再現できない、そんなはなしなんでしょうね

料理は文化であり、ヒトとヒトとのコミュニケーションの
手段だと思います

レシピ、というものはかなり浅い時点で限界があると
感じています
  • 無題
Miki 2008/03/01(Sat)12:14:46 編集
そうですね、大さんのおっしゃるとおりです。

あと、私などは外国の料理を研究することが多いですが、料理の背景、いわれ、ルーツなどを知りたいなと思います。しかしそんなことまでが書かれている本は少ないですね。

今どきの若い世代の人と料理の話はなかなかできないので、必然的にお年寄りと接する機会が多いのですが、とても面白いです。この場合、ブランディーを加えてごらん、とか目からうろこのアドバイスがたくさん。

このような人たちが他界されたら、そういうヒントをもらえなくなってしまいますね。
  • 無題
Chie 2008/03/03(Mon)00:10:32 編集
Mikiさん

プラナカンのおばあさんとは、料理の達人でもある強烈なキャラクターを持つ「Bibik」の役者さんですよね。
ああいう人が本当に他界されたら、目からうろこの料理のコツや、その背景にある歴史や文化を伝える人がいなくなるなぁ~と切実に思います。

今の日本のレシピ本は「簡単」がキーワード。
5段階を超える説明は、もう「複雑」な料理の部類に入るそうです。
写真はあったほうがイメージが膨らむことは確かですが、せめて1冊くらいはおっしゃるとおり「手抜きなしの丁寧なレシピ本」が欲しいと願います。
もちろん、料理の背景にある文化もしっかり入れてね。

Mikiさんもそうでしょうが、色々な国の料理を食べこんでくると、美味しい不味いなんかのレベルを通り越し、どうしてこのような料理が作られるようになったのか?そこに一番興味がわきます。
そういうことまでしっかり書いてくれているレシピ本ってほとんど皆無ですから、悲しいなぁ~~~

美味しい料理は技術で作れても「葬式に食べるものよ」、とか「結婚式に食べるものよ」とか、色々な背景を横で教えてくれるBibikさんのような人にこそ、レシピ本を出して欲しいですね。
かなりスパルタ本になりそうですが・・・・・・
それはそれで面白いかも。あっ、ヴィジュアル的にも強烈??でしょうかね(笑)
  • まったくその通り!!
Miki 2008/03/03(Mon)09:49:31 編集
ちえさん

おっしゃる通りです!!

これは本来は葬式用の料理なのよ、とか、そういうことでも知っておきたい!

そうですね、Bibikさんの料理本、すばらしいですね。でもあまりに見た目インパクト強すぎて、本が素晴らしいものでも、「キワモノ」かよ、って思われちゃいそう・・・
  • そうですね
katsura 2008/03/04(Tue)17:59:08 編集
ロシア料理の本、すごいですね。
そこまで書いてくれれば写真はなくてもいいですね。

そうですね、背景やら材料の説明やらが入っているととても嬉しいし、参考になります。

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プラナカンを中心に、シンガポール・マレーシアの話題をお届け。食べ物・旅行の話題が中心です。
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